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部屋や服や持ち物に気ままに最小限主義を取り入れる男性ミニマリスト系ブログ。断捨離の記事もそこそこ。あと、創作ヲタです。

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「浪費・消費・投資」の概念に物申す。人生には「わーい」が足りない。

      2017/11/20

ないなりです。

「浪費・消費・投資」の考え方はイマイチぴんとこないなー、むしろ、こうじゃない?というお話です。ちょっとエモいかもしれないので、理屈部分は7割受けくらいの形でご賞味ください。

本編に入る前に広告です

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本編入ります

投資投資しすぎると苦しい

投資と呼べるものの範囲は結構狭い

浪費・消費・投資の考え方は、イマイチぴんときません。それは投資の定義が厳しすぎるからです。自己啓発やらレバレッジやら、投資だと自己肯定できる範囲は意外に少ないです。それらすごくせまーい範囲の投資に心血注ぐのは、意識しすぎると苦しくならないでしょうか。

消費の立ち位置が低すぎる問題

消費というけれど、「消」えるわけではない

大体消費や浪費という言葉がよろしくないです。お金を「消費」して服を買う時、お金の価値は別に「消」えたわけではありません。それは服という価値に変わっただけです。

といって、僕はここでバランスシートの話をしたいわけではありません。さすがに着潰す前提の普段着を純資産と呼ぶのは無理筋だと思います。大抵の損耗商品は、購入した瞬間にその資産価値は半分以上失われているのです。これを「ドラクエの定理」と呼びます。今考えました。

わくわくする消費は、消費というよりは別の何か

購入した服に資産価値はなくても、あなたにとっては価値があるはずです。何故なら、「あ、これほしい、この服欲しい」という思いで服を買ったはずだからです。……はずですよね? その前提で進めます。

あなたは、その服に袖を通す時、とてもわくわくするはず。その価値を提供した出費は消費でしょうか? まあ、消費なのかもしれないですけれど、ちょっとまた方向性が違うと思うんですよね。

わくわくする消費を、無理矢理投資と呼ぶ人族

じゃあ、消費ではないのだとしたら、お気に入りの服を買う行為は投資なんでしょうか?

実際、そういう説明をする人は見かけます。「これは自分の生活をイキイキとさせ、自分という存在の効率をあげてくれる、だから投資だ」みたいな具合です。でも、この説明も無理がある気がします。

たしかにそういう向きもあるでしょう。お気に入りの服で仕事をすれば効率も上がるし、快適な環境はそれだけで無限の価値を持ちます。ただ、本当に全ての自分の行為を投資として肯定できるでしょうか? 特に何にも結びつかないわくわくは一つもないでしょうか? これ、たくさんあると思うんです。

最高に無駄で、最高にわくわくする。そういうことがあるのだ

自転車を買って、すごく馬鹿な出費だったけど、わくわくした話

というのも、僕は最近自転車を買ったんです。その話はまた後日別記事で書きたいと思いますが、普通のママチャリがダース買いできるくらいそこそこお金を出して、ちょっといい自転車を買いました。その自転車で小旅行に出かけたりしてみました。

で、これが実に無駄な出費なんですよ。

特に何にも結びついてないですもの。少なくとも、僕は何にも結びつけるつもりがなくて、買いました。なのに、その無駄な出費は僕を心底わくわくさせてくれたんです。ちょっとびっくりするくらいに。

無理矢理投資と呼べなくもない

いや、たしかに多少の投資要素を説明することはできます。「自転車に乗ることで今やっているダイエットの加速が期待できます(自転車だけに)。話題の引き出しが増えて、自転車好きの人と会話が続きます。行動範囲が広がって、世界が広がります。だから投資なんですよ」そういう理屈展開です。

でも、それって、なんだか腑に落ちないんですよね。本質ではないと思うんですよ。自転車である必要性がないし、自転車だったとしてわざわざ高い自転車を買った理由にもならない。それは「いえいえ、これは投資なんですよ」と説明するためだけの理屈になっている気がします。

本質は、わくわくの方

僕は、この自転車の本質は、「非常に無駄な出費であり、でも一方で非常にわくわくする」部分にあるんじゃないかと思ってます。「馬鹿やったなぁ。でも、たぁのすぃぃぃぃぃっ」みたいな。むしろ、お馬鹿な行為だからこそ、こんなに楽しいんだと思います。

投資要素は、あくまでわくわくのおまけです。

話の途中ですが、ここで広告です

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続きます

わくわくは、わくわくのままでいい

わくわくの全部を投資として説明するのは、無理がある

全てのわくわくが100%レバレッジに結びつくなんて、ありえないと思うんです。無駄だけど、無駄だからこそ楽しい部分、絶対あると思います。それを無理矢理投資として説明しようとするから、無理筋になる。

そうでなくて、わくわくはわくわくのままで肯定されるべきではないでしょうか。

ゴールは投資じゃないよね

すべてを投資に結び付けるのは、歪つです。投資をしてその福利によってまた投資をする。延々と投資をした先にあるのは何か? 投資をするために投資をしているのか? 違うと思うんです。再投資は投資という方法論の一部であって、目的ではない気がします。僕らは投資をし続けた結果としてわくわくを手に入れたいのではないでしょうか?

わくわくを、わくわくのまま肯定する言葉がほしい

たとえば「4000万を貯めてマイホームを買った。でも、これは資産だからこれも投資なんですよ」――それは心の声と少しずれていないでしょうか。「それ消費なんでしょ?」の反論として用意したイイワケな部分がちょこっと見え隠れする気がします。たしかにマイホームは資産。間違いないです。でも、あなたは4000万を使って資産を買ったのではないのでは? あなたは4000万を使ってわくわくを買ったのではないでしょうか? そのわくわくが、たまたま資産価値を持っていた。それが本当のところではないでしょうか?

だから、僕は、投資ではなく、さりとて消費でもなく、特に今後の役には立たないけど、まさに「ぷはー、人生この時のためにあるようなもんだぜ!」と言わしめるようなわくわくを説明する別の言葉を考えたいです。

「浪費」「消費」「わーい」「投資」の四階梯概念

というわけで、「浪費」「消費」「わーい」「投資」なんてどうでしょう。

韻を踏むために「●●費」ですらなくなりましたけど、僕はたとえば僕の自転車購入などを説明する第四の概念としての「わーい」を、浪費・消費・投資の中に導入してみたいです。

「わーい」とは

「わーい」とは、消費の中で自分をわくわくさせてくれるもの、かつ、でも投資ではないものです。

人間は、おしなべてこのわーいのために生きているのではないでしょうか。それを実現するために投資という手段がある。つまり、全ての投資のゴールはわーいに結びつくのではないでしょうか。人は、わーいしたいのです。わーいするための前提条件をクリアするため、あるいはわーいしながら安全に人生を送るために投資活動があるのではないかと思います。

「浪費」は、失敗した「わーい」

一方で、浪費とは「失敗したわーい」と言えるかもしれません。わくわくすると思って買ったが、そんなにわくわくしなかった。1万円出して買ったコートだけどシーズン中一回しか着なかった……こんな場合、わーいせずに終わってしまった出費は浪費と化します。

そして、これは何も「わーい」だけに当てはまりません。浪費は「失敗した消費」の場合もあるだろうし、「失敗した投資」の場合もあるでしょう。とにかく、消費のつもりで、投資のつもりで、わーいのつもりで出費したけど、そうならなかったもの、その成れの果て。これを浪費と呼ぶことができるのではないでしょうか。

「消費」とは

そして、消費とは、わくわくはしないけど生きていくためにかかせない必要な出費と位置づけることができるのではないでしょうか。トイレットペーパーの購入にわくわくする人は少ないでしょうが(いないとは言いません)、これを買わないとお尻の平和が危険で危ないです。だから、僕らはトイレットペーパーを買うわけです。

「浪費」「消費」「わーい」「投資」のまとめ

まとめると、こう言えるのではないかと思います。

  • わーいとは、自分をわくわくさせる出費であり、これこそが人生の価値といっても過言ではない。人は、基本的にわーいするために生きている。
  • 投資とは、最終的にわーいするという目的を達成するための手段であり、複利効果による再投資性を持つ。
  • 消費とは、わーいせず、投資要素もなく、けれど人生を維持するために必要な出費。
  • 浪費とは、わーいを、投資を、浪費をしようとしたけど失敗してしまった成れの果て。

「わーい」と「投資」が接近すると、人生が捗る

おそらく、人生のスタンダードプランは、いかに浪費せず、消費をおさえ、うまく投資しつつ、わーいに至るかというものになるのだと思います。

ただ、そうはいっても投資のレバレッジな効果は絶大です。「わーいしたい。でも、わーいする分のお金や時間を投資につぎこめばもっとレバレッジが効くのに」このジレンマは多くの人が思うことでしょう。それがわーいすることへの罪悪感にもつながっているのだと思います。でも、間違えてはいけません。目的はわーいです。投資は手段にすぎないはずです。

投資にわーいすればいい

比較的イカしたやり方としては、投資自体でわーいできる自分になることだと思います。学ぶことが楽しい、株運用が楽しい、不動産転がしが楽しい、そうすれば無限に投資しながら、無限にわーいできます。ただし、脳内麻薬ドバドバ出るので、浸りすぎにはご注意を。

わーいに投資要素をくっつければいい

また、逆に、わーいに投資要素をくっつけることもできると思います。趣味で描いた絵を通販してみる、好きで書いた文章をkindleにあげてみる、首尾よく売れればそのお金をまた趣味につぎこめる。コミケで稼いだお金でまたコミケに参加できるひゃっほう!という奴です。ただし、脳内麻薬(以下略。

 

このようにして、わーいと投資の距離を近づけることができれば、スタンダードプランはより効率的になるように思います。ただ、すべてのわーいを投資にくっつけようとすると、苦しくなるから、気をつけたいところです。順番を見失いがちになります。あくまでも、人生はわーいありきであるべきなんじゃないかなぁと思います。

仮にうちのブログが本になったとしたら(そんな予定は今のところありませんが)、「ブログが本になった!⇒最高にわくわくする!⇒しかも、意外に買ってもらえた!⇒これでまたブログが書ける~!」の順番がいいなと思います。まずわくわくから始まって、わくわくに帰る。この順番でありたいものです。

他にも色々書いてます

 - マネタイズ, 雑記

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