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【図解入り】年末の大掃除で何を捨てる?二列本棚の奥は本棚じゃない話。

      2015/12/16

年末といえば、大掃除。大掃除といえば、粗大ごみですね。年末は、行政センターのゴミ収集課もアクセスしづらい状況が続くそうです。それだけ皆さん、年末のタイミングで大きな断捨離をおこなっているということだと思います。

今日は、そんな粗大ごみ対象の中から、本棚をとりあげたいと思います。

本編に入る前に広告です

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本編入ります

本棚を大幅に断捨離しました

先日、無事粗大ごみとして、本棚を二つ断捨ることに成功しました。その直近に、もう一つ本棚を放逐しておりますので、計三つの本棚が自室から消えた計算になります。

この本棚三つが部屋から消えた影響は、大きかったです。

というのは、この三つの本棚には共通点がありました。本棚三つとも、奥行きがあり、本を二列で収納できる二列構造本棚だったのです。

本棚は二列のものの方がよい?

自分は、元マキシマリストです。今はミニマリスト志向の実践期間であり、移行期と言えます。最終的にミニマリストのレベルまで到達するのかはわかりませんが、つまりブログ名どおり、「ミニマリスト目指す」を実践している状態です。

二列構造の本棚は、まさに自分の旧価値観であるマキシマリスト時代の遺物であり、「大きいことはいいことだ」のモットーによって購入されたものです。

実際、この本棚たちは、多大なる収納力を誇り、僕の所有する大量の本を少なくとも数百冊は飲みこんでくれていました。本棚は、当時の僕の購入意図を充分に満たしていたわけです。が、最近、自分の方が宗旨替えしてしまいました。

結論として、本棚は二列構造じゃないものの方がいいです。

二列構造の本棚を、純粋に収納力の高い本棚と考えるのは、原理的に大きな落とし穴があるのです。これは、ミニマリスト志向的目線というだけでなく、広く一般にいえる真理ではないかなと思います。

「どうせなら壁を有効活用したい」たしかに

たしかに二列構造の収納力は抜群です。「限りある壁際を有効活用するなら、より収納力の高い二列の棚を置いた方がいいのでは?」――この発想は、マキシマリストならずとも思うところでしょう。

四角い部屋の辺が常に四つしかない以上、通常、家具はこの四辺に寄せる形で設置されます。つまり、この四辺の合計が、部屋に設置できる家具の合計幅ともいえるのです。六畳の場合は、(270+360)*2=1260cm=12.6mになります。この限られた幅を、家具のために有効活用するなら、より収納力の高い棚を選択するのは、間違った考え方ではありません。

しかし、二列構造の本棚というのは、二列構造といいつつ、厳密な意味で二列ではありません。というのは、一列目と二列目に並ぶ本の機能性には明確に差があるからです。

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続きます

棚の機能は「閲覧性」と「取り出しやすさ」

本棚――というか、棚の機能というのは、大別して二種類です。「閲覧性」と「取り出しやすさ」です。

顔をあげるとタイトルが見え、手を伸ばせば取り出せる。これが本棚です。顔をあげてタイトルが見えず、手を伸ばして取り出せないのであれば、それは、機能的には本棚というよりは押入れに近い気がします。

そして、この「閲覧性」「取り出しやすさ」の観点で、二列本棚を見てみますと、二列本棚の「本棚」としての機能性が若干怪しくなってきます。

前列の本は取り出しやすく、後列の本は取り出しにくい。それどころから、後列の本はタイトルも見えない。これでは、一列の本棚の前に一列の本棚を立てて、後ろの本棚を塞いでいるのと、実質変わりません。この時、後ろの本棚の「本棚」としての機能性――つまり、「閲覧性」「取り出しやすさ」はほぼ死に絶えてしまっています。

いわば、二列本棚の場合、奥に並ぶ本に関しては、押入れ状態なのです。

押入れなら部屋の中じゃなくてもいい

二列本棚とは、「本が二列入る本棚」というよりは、どちらかというと「一層の本棚の奥に、一層の押入れスペースがくっついた本棚」のイメージに近い家具なのではないかと思うのです。

本棚としての機能は、一列本棚と大差ないのに、奥に一列分の押入れがついているせいで、その分前にせり出してしまっている。せり出したぶんだけ、室内の面積をよけいに食いつぶしている。これが二列本棚です。

奥一列の機能が単純な押入れなら、何も六畳の自室に持ち込む必要はない気がします。そこ以外に収納がなく、どうしても収納しなければいけないなら別ですが、そうでなければ「普段見えず、普段取り出さないもの」を部屋に持ち込む必要はありません。

「普段見えず、普段取り出さないもの」ということは、それは普段使わないということですから。普段生活する部屋に置く必要はありません。その収納は、外出しできます。

じゃあ、二列本棚に意味はないのか?

とはいえ、二列本棚の二列目は、完全に押入れと等価なわけではありません。一列目の本をどければ、奥の本のタイトルを確認することも、取り出すことも可能だからです。つまり、奥の本に関しては、より正確にいうなら「基本的に押入れ、限定的に本棚」の機能を持つことになります。

押入れにしまいこんだ多くの所有物は、文字通り日の目を浴びることなく「死蔵」してしまうこともしばしばです。

そんな押入れに比べると、二列本棚の奥に並ぶ本達には若干の希望があります。時々本棚の本として息を吹き返すチャンスがあるからです。

押入れが「死蔵」なら、二列本棚の奥列は「瀕死蔵」あるいは「仮死蔵」と言ってもよいでしょう。

上で「機能が押入れなら、部屋に持ち込むことはない」と述べていますが、これはあくまで「死なせる」ための発想です。部屋の中に仮死状態の本が大量にあるのなら、押入れに埋葬した方がよいということです。

逆に「生かす」発想で考えるなら、押入れと二列本棚では、二列本棚の方がなんぼかマシです。二列本棚の奥の本は、息も絶え絶えですが、まだ死んではいないからです。その気になれば、かなり取り出しづらいですが、取り出すことができます。しばしば存在を忘れるかもしれませんが、少なくとも、押入れの中で永い眠りにつく本達よりは身近な存在です。

ただ、この「生かす」発想の極致は、自然と「奥列の本の救済」になります。押入れより二列本棚の二列目の方がマシなら、当然二列本棚の二列目より一列目の方がマシということになります。より「生かす」ことを考えるなら、瀕死の本達に「閲覧性」と「取り出しやすさ」を与えてあげた方がいいでしょう。本棚の一列目に並べてあげるということです。

もちろん、かわりにいずれかの本が奥列に引っ込むようでは意味がありません。それは瀕死になる役を変えただけです。最終的に全員を生かそうとするなら、全員を一列目に並べてあげることになります。それは、奥列に本を置かないということです。そして、奥列に本を置かないのであれば、二列本棚の存在意義は消失してしまいます。

つまり、「生かす」発想で考えた場合も、結局、二列本棚は、押入れから1ステップ進んだ「本を救済する過程」に登場する家具ということになります。救済しきった後は、やはり不要になってしまうのではないかと思うのです。

そのため、本棚の最終形態は、結局一列本棚ということになります。

まとめ : そもそも死なせないのが一番いい

もし、一列本棚の許容量を超える本を持ってしまったら、溢れた本達は「死蔵」「瀕死蔵」を迎えることになるでしょう。

この「死蔵」「瀕死蔵」が嫌なら、本達には、売ったり譲ったりして他の地に旅立ってもらう必要があります。あるいは、紙ゴミに出してしまい、完璧に神去っていただくか。

電子書籍化=自炊するのもよいでしょう。ただし、デジタル上のフォルダで「死蔵」「瀕死蔵」させてしまったら、それは押入れや本棚の奥に収納している状況として大差ありません。死体が物量を持つか持たないかの差です。(とはいえ、検索性が増す分、息は吹きかえしやすくなるかもしれません)

いずれにせよ、キャパシティを超える本は持たない方がよいなと思いました。それは、世話のできないペットを部屋に連れ込むようなものです。結局、自分の管理能力のなさが、彼らを殺してしまうことになるでしょう。それを、今の僕はあまり是と考えていないのです。

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