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なんでこんなに物が多いの!?ミニマリストがイライラせずに家族とつきあうには

      2015/01/11

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帰省のシーズンが訪れると、ミニマリズム・シンプルライフに傾倒する人々は、えてしてひとつの問題に直面します。それは、帰省先の実家のマキシマムさとそこに暮らすマキシマリストたちとの間の対立です。

物に溢れた実家や、そこに暮らす人々のマキシマリズム的思考、くわえて年末年始ですと、初売りに始まる物品購入に、イライラしてしまうミニマリスト・シンプルライフ志向者は意外に多いようです。

ただ、今のところ、自分はこのようなイライラとは無縁の正月を過ごせています。

何故物の溢れた我が家を見ていて、イライラせず、干渉せず、平静でいられるのだろう? 今回は、「物に溢れた実家でイライラしない考え方」について、自分なりに自己分析してみたいと思います。

メリットがない

自宅を片付けたところで、自分にメリットがありません。それによってメリットを享受するのは僕の家族であり、僕ではありません。そして、それが彼らのメリットであるかどうかも僕の立場から窺い知ることはできません。

実家もマクドナルドもアウトソースという意味ではいっしょ

僕は、僕の最小を、僕の荷物によって実現しています。そのミニマリズムの範囲は、僕という母艦の中で完結しているわけですから、感覚としては、身に着けていないものは全てアウトソースです。実家のオブジェクトに対して、僕の所有の糸は伸びておりません。自宅にあるものは僕にアウトソースを提供してくれます。

つまり、僕の中で実家と駅前のマクドナルドは、アウトソースという意味で等価なのです。それは「僕の所有物ではない」という点で共通しています。

アウトソース=都市を潰すことにメリットはない

僕のミニマリスト志向は、都市に寄生します。アウトソースの集合である実家は、限りなくスモールな独立都市ともいえるでしょう。その都市に介入することは、自分の利用する駅周辺の店を片っ端から叩き潰すようなものです。それによって、不利益を被るのは自分です。

実家をあくまでアウトソースとして理解するなら、そのまま存続してくれた方が、自分にとってはメリットなのです。

他人に自分の宗教観を押し付けない

宗教観を押し付けなければ、僕らは友達でいられる

僕は、ミッション系大学の出身です。洗礼は受けていないものの、信じる宗教があります。友人たちの中には、実際に僧となり、寺に入っている人もいます。

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我々は、他人に自分の宗教を押し付けようと思いません。仮にそんなことをすれば、我々が友人関係を続けることは困難を極めるでしょう。他人には他人の信じる宗教があり、それは侵すべからざる領域です。我々は、信じる宗教があるからこそ、マナーとしてこの辺りの距離感を心得ています。

ミニマリスト志向だって、布教する以上は宗教

ミニマリズムは思想であり、信条です。何らかの信じる御旗がある以上、それは大なり小なり総じて宗教としての側面を持ちます。「布教」なんていうくらいですからね。

思想であり、信条であり、宗教である以上、「他人に自分の宗教を押し付けない」のルールはミニマリズムにも適用されます。仮に、それでもなお宗教勧誘を相手におこなうのであれば、それは相手からマキシマリズムの勧誘を受けることを許可しているのと同じことです。

よしんば、不利益を被っても当人の責任である

人は、その人の価値基準によって様々な選択をします。どのような選択をとるかは当人の自由であり、その選択の責任も自分自身で負うべきです。

仮に、マキシマムな価値観が、彼らに何らかの不利益を与えたとしても、そのマキシマムな価値観を選択したのが彼らである以上、その負債も彼らが負うべきです。もちろん、これはミニマリズムを志向する僕や僕らにもいえることです。

そもそも自分が正しいとは限らない

ミニマリストの実績証明は、まだ完全ではない

今でこそ、ミニマリスト・シンプルライフが流行っていますが、それはあくまで最近のことです。数千年分×数十億人分の検証実績があるマキシマリズムに比べて、データ不足は否めません。それが本当に正しいかは誰にもわからないのです。

既存のミニマリスト本、シンプルライフ本も、正当性の寄る辺があくまで「個人の満足」の域を出ないのはこのためです。結局、「やってみたら、こんなに良かった!」を限りなくグローバル化/一般化して、いかにも普遍的な事実に見せるくらいしかできないのです。

(といっても、これはマキシマリズムも大差ないとは思うのですが。マキシマリズムには数千年分×数十億人分の検証実績がありますが、誰もそれをロギングしていないからです)

人生の価値は、死に際まで未知数

人生の総決算がおこなわれるのは、死の瞬間です。僕の歩いてきた人生が、僕にとって正しかったのか否かは、その時初めておぼろげにわかることでしょう。ですから、僕は、まだ自分で充分に証明できていない論文を、無理に他人に見せようとは思わないのです。

まとめ

ミニマリズムは必ずしもアンチマキシマリズムではない

上記で色々言っていますが、そもそも自分はマキシマリズムと敵対していません。

僕自身が元マキシマリストですし、ゴールとしてミニマリストにたどりつかなくてもよいと思っています。僕がミニマリズムに傾倒するのは、あくまでメリットの問題です。そして、メリットはTPOやシーンによって常に変化します。

マキシマリズムにはマキシマリズムのメリットがあり、ミニマリズムにはミニマリズムのメリットがあります。ただ、求めるメリットが違うだけです。であるなら、それは対立ではなく、横並び概念です。

もちろんそういう面が皆無とはいいませんが、ミニマリズムを単純にアンチマキシリズムとしてのみ認識してしまうと、おそらくとても疲れるものになってしまうでしょう。それは、常にマキシマリズムの鏡写しになってしまうからです。結果的に、すごく物に囚われてしまうことになりかねません。




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