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そのどうしようもなさがいい!KDP作家「鳥居とり」小説群の感想レビュー

      2015/04/23

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「鳥居とり」というKDP作家さんがいらっしゃいます。

ミニマリスト・シンプルライフ系ブログ界隈では「モノを捨てよ、散歩に出よう」の作者として、御存知のかたも多いのではないでしょうか。またブログ「かくれんぼ戦略」の中の人でもあります。

最近、このかたの書かれている短編小説をよく読んでいます。今日は、そのレビューをしてみたいと思います。

レビューに入る前の注意書き

レビュー元となっているKDP書籍一覧

僕が読んだとり書房さんのKDP書籍は、以下。(「モノを捨てよ、散歩に出よう」も読了済みですが、小説ではないため、今回のレビュー対象からは除外)

これらは2015年4月17日現在、kindleストアにて購入が可能です。価格帯は、いずれも100円。

ネタバレを含む

レビューするにあたっては、上記作品のネタバレを含む部分があるので、あらかじめご了承ください。

いにしえのブログ文化よろしく、「秘技っ文字反転っ!」を使おうかとも思いましたが、それをすると反転する箇所が多くなりすぎて、記事自体が成り立たなくなりそうだったので、注意喚起のみに留めたいと思います。

「とりさん」「とり書房さん」「鳥居とりさん」表記の混在

ところで、とり書房さんというのは、鳥居とりさんがKDP本を出す際の版元(Publisher)です。対して、鳥居とりさんという名前は、各本単一の著者名です。

僕は、できうる限り、人のことを屋号で呼ぶよう心がけているので、普段はとり書房さんとお呼びしております。当記事でも、記載が混在しますので、あらかじめご了承ください。

運命に対する抵抗力を持たない人物像たち

絶対不変のものとして横たわる運命

鳥居とりさんの書く小説に僕が時折感じるのは、運命に対する抵抗力を持たない人物像たちです。

運命というか、自分をとりまく現状? 境遇? などと言ってもいいかもしれません。

世の中の不条理に消費されることに抗えない、受容や諦めをおぼえているというか。それが作品の基本摂理として横たわっているような印象を受けます。

基本的に「消費」を回避するルートがない、運命に対する抵抗力がない。いや、抵抗力がないというか、運命自体は、絶対不変で、登場人物たちにとって不可侵なものとして存在するような気がします。

運命自体は不変なので、別のアプローチをしたりしなかったりする

運命自体は絶対不変なので、登場人物達は、そこからエクソダス(脱出)したり、一生消費される側で終わったり、あるいは欺瞞で心を塗り固めたり、あるいは何もせずただ爛れたり、朽ちていったりします。

まとめると

簡単にいうと、「かわいそうな人はかわいそうなままだし、どうしようもない現状はどうしようもないまま」ということです。作品群は、そんな状況や人物たちを切り取ったスケッチのようです。

人物造形と物語構造

受容と拒絶のバランスがピーキーな「闇の王女」の人物像

特に印象に残っているのは、小説「王様と少年」収録の短編「光の王子と闇の王女」に登場する闇の王女です。

光の王子が幼少期の思い出を引きずっているのに対し、闇の王女はそれを歯牙にもかけていません。思い出が報われる安全な世界観が、そこにはない。

一方で闇の王女は、光の王子の願いにはほぼ全受容します。かつ、他方では、自分に発言権が与えられれば、徹底的に拒絶しています。逆にいえば、水を向けられない限りは、受容してしまいます。

このバランスが壮絶で、闇の王女の人物像は、一番自分には書けそうで書けない気がしました。

意外に生き方が下手で、押しに弱い巫女カノーイ

受容という意味では、「放浪の巫女と狼」に登場する巫女カノーイも際立っていました。

優れた力を持ち、ヤナンの前でお師匠然として立ち振る舞うカノーイ。ですが、その実、カノーイの放浪は、基本的に現状からの逃げです。しかも、あまりうまくない。まるで、子どもの家出のように、ぶきっちょで舌足らずな逃げです。

結果、カノーイは、逃げては連れ戻され、逃げては連れ戻されを繰り返します。それは、カノーイの立ち振る舞い方が下手というよりは(下手なんですが)、現状打破というルートが作品の根底に用意されていないからのように見えます。

「放浪の巫女と狼」は現状打破ワンチャンありな点がロマンス

現状打破というルートがカノーイの中に用意されていないからこそ、ヤナンの存在は貴重です。ロマンス小説を意識されたという「放浪の巫女と狼」はヤナンの存在があるからこそ、ロマンスとして成立する気がします。

「でも、きっとまた同じことが置きます。そのたびに、カノーイ様は私を遠ざけるのですか?」

作中でヤナンはこう言いますが、こういった問題提起されること自体が鳥居とりさんの作品群では稀な印象です。

運命に抵抗できないから、運命の方が先にどうにかなる

登場人物たちは運命への抵抗力を持たないので、それだけではストーリーが進みません。

なので、基本的に運命の方が先にどうにかなるパターンが多い気がします。起承転結というよりは、序破急的です。破たんしたり、そのままエンドロールになったり。登場人物たちは、悪くいえば、舞台の結末に乗っかっているだけです。

自然と、作品の主題も「どう結末にたどりつくか」というよりは、状況のスケッチに重きを置かれているように見えます。

エゴの押し付け合いが、時々味方に見える

レビューを書く上での参考として、ブログ「灯台杜と緑の少年」さんの記事「【KDP】『放浪の巫女と狼』の内容紹介を書きましたー」を読んだのですが、その中に以下のような言及がありました。

なんでしょう。一番に浮かんだイメージは「同じことを言われても、嬉しいと思うか、セクハラになるかは人次第!」という現実でした。ふぁんたじぃ……。はい、日々の積み重ねとかは大事です……。

それで気付いたのですが、主人公の味方として描かれている人物にしても、その主人公への接し方がエゴである点は共通している気がします。

差は紙一重というか、ない

ヤナンの存在はカノーイを救いますが、ヤナンと神官の差は、それがカノーイにとって救いだったか否かというだけで、彼らが彼らのエゴをぶつけてきた点に違いはありません(「放浪の巫女と狼」)。

それは小説「翼と鎖」におけるムラサキヒョウと月の鳥についてもいえるように思えますし、もっといえば、月の鳥に対する代々のアゲハたちの態度の違いにも表れているように思えます。

違いは、主観者の都合と心地よさ

基本的に、お互いがエゴをぶつけあっているだけ――正確には、主人公は基本的に消費される存在なので、エゴをぶつけられっぱなしで、ごくたまに主人公にとって都合のいいエゴのぶつけられ方をする、といったかんじでしょうか。

ユニセックスな世界観

また、鳥居とりさんの小説群を語る上で、避けて通れないのが、このユニセックスな世界観だと思います。

男だけがなれる去勢された「巫女」という存在。雌雄どちらも孕むことができるアゲハ。生殖器官を持たない天の種。王様に愛玩される光り輝く少年…。

ただ、避けては通れませんが、一方であまり特筆するのもどうなのかなという気がします。それはなんだか注目の仕方が違う気がするのです。

作中に時々登場するユニセックスさは、とり書房さんの作品を彩るエッセンスのひとつではありますが、それは一番見えやすいエッセンスというだけのような気がします。

戯画化による現実感の喪失が本質に思える

むしろ、本質は戯画化なのではないかと思います。

一夜で成長する狼、成人と共に姿が変わるアゲハ――そこで語られる「成長」は非常に戯画的で、ある種のメタファーのようです。そのぺったりとして、現実感を削いでいく手法は、僕らをここではないどこかへ連れていきます。

ユニセックスな世界観も、その一部

だから、ユニセックスな世界観については、ことさらジェンダーに対して丹念に丹念に戯画化を施しているのだと理解した方が近いのかなという気がしています。

まとめ

というわけで、熱の赴くまま書いてしまって、若干レビューとして成立しているか不安ですが、鳥居とりさんの作品群をレビューしてみました。

とり書房さんが出されている小説群は、なんというか、作品に漂う「どうしようもなさ」が肌に合った気がします。

どうも「自然(自分にはどうにもならないもの)に立ち向かって克服する」的な、フロンティア精神溢れるマッチョイズムは苦手です。そういうベタベタなものを楽しむスイッチも持っているのですが、多分それは別の胃袋なんだろうなと思います。

p.s.

余談というか私信ですが、とりさんは「冠を持つ神の手」というフリーゲームを御存知でしょうか?

「自分の書く作風」と「自分の好きな作品」は、必ずしも一致するとは限りませんが、多分お好きな雰囲気なのではないかと思いました。

未プレイでしたら、是非是非オススメです!




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